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2007/09/28

ブルートゥース

マイロボットという週刊誌を毎週購入し、付属の部品を用いてロボット作りを行っているが、毎週購入者にプレゼントされた、ブルートゥースの送受信するUSB接続の端末を使って、Macとキャノンのプリンターを無線で接続してみた。

マイロボットのロボットを遠隔操作するのにこの端末を活用するらしいのだが、今のところ使わないので、そこらあたりに転がしていた。

一方プリンターは、Macに専用プリンターが繋がってはいるが、CDレーベルの印刷機能は家内に接続されたプリンターしかない。

家内のキューブはWindowsだが、設定をすればちゃんとMacともネットワーク共有プリンターとして使用出来ると思うが、そのパソコンを起動していないと使用できない欠点がある。

使いたいときに自由に使うとすれば、転がっているブルートゥース端末を活用すればいいと考えた。

Macには最初からブルートゥース通信が出来る機能が搭載されている。
だから、プリンターに端末を接続し、無線の使用設定を行った後にMacで自動検出すると、画面にプリンターが現れる。
その前に該当するプリンタードライバーをセットアップすることが必要だが。

無事にしかも簡単に設定も終わり、お試し印刷も終えた。

Macは、マウスの無線にブルートゥースを使用している。
私は、USB接続のワコム製タブレットに付属されているマウスも使っているが、共に使いづらい。

ワコムのマウスは感度良すぎでゲームの時にくるくる動きすぎる。
形もなじみにくい。

Macのマウスは、感度は絶妙なのだが、右クリックが結構左クリックになってしまい、
未だに慣れない。

そこで、ブルートゥース内蔵なので、ブルートゥース対応マウスを探そうと、色々と検索してみたが・・・・・・・・無い!!

製造中止、取り扱い経験ゼロなどの言葉が連なっている。
USB接続ならば、いくつか家にも転がっているし、ブルートゥースがそのまま標準で使用出来るのだから、あえてUSBポートを埋める必要も無いと思うし・・・・。

今しばらく、探し回ろう。

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2007/09/27

データの引っ越し完了

会社で使用しているパソコンは、私が自宅でメインに使用していた「夏子」だ。
我が家の歴史の積み重ねた重要なデータを保存したまま事務所に引っ越したので、データだけでもいつかは自宅に戻さなければと思っていながら、今に至っていた。

iMacが我が家にやってきて、マクストアー製の外付けHDDも用意したので、いよいよ本格的なデータの引っ越しとなった。

夏子には200GbのUSB外付けHDDをセットし、バックアップ用として機能している。
本体が、WinXPとWinVistaのデュアルブートであり、ともにNTSFフォーマットだから、外付けHDDもNTFSでフォーマットしてある。

必要データを最新に更新し、200Gbほぼ満杯状態で、我が家に運ぶ。
MacのCドライブにコピーし、更にマクストアーHDD(これはFireWire800接続)にバックアップとしてコピーし完了。

ここで、はた?と気がつく。

USB接続のHDDのフォーマットはNTFSなのだ。
MacはNTFSを認識しないはず。

だから、マクストアーHDDは、350Gbの内、32Gbはブートキャンプを使用し、デュアルブートしているWinVista用にFAT32フォーマットし、残りはHFS+でフォーマットしたのだ。

ま、理屈は別として、取りあえずNTFSはUSB接続ならば認識すると言うことにし、夏子とMacとのデータの受け渡し用にこれからは活用しよう。

それから、Macのも名前を付けてあげないといけないなぁ。

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2007/09/26

Windows Home Server

Windows Home ServerがMicrosoftより、いよいよ販売になるが、これには大変に興味があるし、ほしいアイテムの一つに挙げられるので記してみた。

いいなと思っている最大の理由は、家庭内のローカルネット以外に、外部のパソコンのストレージもバックアップが可能となると興味は俄然大きくなるのだ。

一般的にNASを使用し、各クライアント側で任意か自動でバックアップすることは出来る。
また、MacOSXの次期バージョンでは、OSそのものが、外部ストレージに自動でバックアップする機能を有し、今までのバックアップの概念を大幅に変える試みが施されている。

更にNASは、保存したファイルなどを利用し活用したり、保存したマルチメディアファイルなどを利用することも出来る。
ソフトウェアによっては、またMacOSXの場合などは、ファイル単位のバックアップと復元も可能となっている。
設置設定方法によっては、外部から同様の目的でアクセスすることも可能だ。

しかし、NASやMacOSXはここまで。

今回のWHSは、ローカルネット以外に指定した外部パソコンのバックアップも含め、一括で自動的にバックアップすることが可能らしい。

また、それぞれに重複するファイルなどは一個にまとめ、バックアップするなどの機能を有し、特殊なファイルに変換し保存されるため、1テラバイトクラスも数百ギガバイトでバックアップするという。

また、ホットスワップでHDDの交換も可能、ミラーリングと同じような機能で、2台のHDDに別々に保存してくれる。

基本的なハードは、USBポートと1000ベースネットワークポート以外にワンタッチで取り外し可能なHDDベイが2箇所以上という使用が標準らしい。

このあたりまでは、NAS+機能と言ったところだが、興味があるのは更にWHSを利用した便利機能を有するソフトウェアの開発が期待されている点。

現在のベーシックなものから、相当幅広く活用できるソフトウェアの恩恵が期待できるのは、各ソフトウェア開発関係会社が相当強烈に興味を持ってアクションを行っている情報があるからだ。

現在、Microsoftが推奨するWHSに特化したハードを発表しているのはヒューレッドパッカードのみだが、平行して開発している時期WHS専用機にはTVチューナーを搭載し、更に家庭向けにチューンナップするらしい。

そのようにWHSは、サーバーでありながら家庭内のマルチメディアコンテンツ関連の重要な倉庫になっていくものと思う。

残念なのは、WHSが英語版のみで日本語版のリリース予定が見えない点だ。
また、国内の大手ストレージメーカーやパソコンメーカーが専用ハードの開発予定を立てていないというところも気になって仕方ない。

マウスコンピューターなどが、WHS搭載サーバーマシンの販売に入るようだが、その仕様は、現行パソコンをそのままWHSをプリインストールしたもので、本来のWHS用サーバー機とは違うものだ。

HPにしても、WHS専用サーバー機の日本国内販売予定は未定と言っている。

国内でブレイクさせるためには、日本語対応版は必須であり、複数社が対応専用ハードを提供してくれないと難しいだろう。

今までになく、欲しかった機能がより敷居を低くして目の前に現れそうなのだが、Microsoftにもがんばって貰いたいと期待したい。

しかし・・・アップルのコンセプトに比べるとM社の商売根性は今始まったものじゃないからね。
そこらあたりが、正直気がかりなのだ。

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2007/09/25

マクロレンズ

しばらく前にマクロレンズを購入したので、色々と試し撮りを行ってきた。

マクロレンズと言っても、初級者向けの一番安いものだが、50mm(デジカメでは80mmに相当)×F2.0と結構明るい。
マクロの経験はないし、結構評判がよく、明るいし、安いから選んだのだけれどね。

デジタル一眼レフカメラはCCDなどの特性から、一般的に焦点距離が1.6倍になると言われているため、焦点距離80mmほどになるので、これらは丁度ポートレート写真などを撮るのにいい焦点距離になる。
それらも魅力だ。

マクロレンズと言っても、普通の固定焦点レンズと同じように撮影できるので、常用レンズとして、付けっぱなしにしてもいい。
普段からズームレンズに慣れていると、少しとまどうかもしれないが、私は下手ながらもカメラ歴だけは永く、固定焦点レンズが普通の時代からシャッターボタンをおしているので、特別不便を感じない。

早速、近くの環境センター周辺に植え込んである、草花の撮影に出かけた。

私はキャノン製の一眼レフを所有していて、35~80mm(デジカメはこの1.6倍)と80~200mm(同様)の日本のズームを使い分けている。
今までの撮影は、その二本のレンズを使いながら、自然風景の写真を撮り続けていた。
しかし、表現などの限界は自ずとあるものである。

しかし、知り合いに試しとしてマクロレンズを借り受け、何枚かの写真を撮ってみたときの衝撃は、近年に無いと言うよりも感じていなかった久しぶりのものだった。

私はどちらかと言えば望遠撮影派なのだが、35mm域がデジカメの特性で1.6倍、つまり60mmほどになることから、広角域の撮影が出来なくなっていたので、広角レンズを購入する気持ちの方が強かった。

しかし、マクロレンズの世界を知ってしまった今、広角レンズは後回し、マクロレンズしか見えなくなったのだ。
ただ、どのクラスのレンズがいいかと言うことになり、情報を集めたのだが、結局自分が求めるクラスは数十万円もすることが解ってきた。

昔から言う格言、パソコンの世界で言う言葉であるが、一番高性能なものを選ぶか一番安いものを選ぶ・・・コレにつきる。

従って、一番安い、そして携帯に優れる超コンパクトなマクロレンズに落ち着いたのだ。
使ってみて一番に思ったこと・・・マニュアル撮影するのがベスト。
だから、しっかりした三脚がほしくなってきた。
もちろんマクロ用の。

きりがないね・・・・・・。

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2007/09/17

信玄公ゆかりの地を求めて(後半)

二日目の朝は快晴、本日の予定は、真っ先にサントリー天然水白州工場見学、八ヶ岳チーズケーキ工房にて昼食、風林火山館見学となっている。

サントリー天然水白州工場は、日本で第8番目の高峰であり、2967mの標高がある、甲斐駒ヶ岳の麓に位置し、潤沢な自然な水を利用して、「南アルプスの水」と、「響」などの高級ウィスキーを生産している。

雨や雪により、山頂にてしみ込んだ水は約10年から20年の時間、山の主要成分である、花崗岩から出来ている細かな粒状部分を移動し、ふくよかなミネラル分を含み、軟水として沸き出す。

それらの水をふんだんに使用したウィスキーのまろやかさは、至高の極みと言える。
水は軟水と硬水とがあり、ミネラル成分の含有量が多ければ硬水系であり、少なければ軟水系になるが、ウィスキーの水割りを試飲した結果において、私の好みは軟水系だった。

日本風土では軟水系が多く、それらになれた生活を営んでいるため、硬水系のきりっとした口当たりが、妙に痛い感じがするのかもしれない。

大型バスを降りた参加者は、遠くに広がる八ヶ岳の見える降車場から続く、涼しい緑のトンネルを数分歩き、白州工場スタジアムにたどり着く。
そこから、場内バスに乗って天然水白州工場に移動し、ペットボトルにおいしい水を詰め込む作業工程を見学する。

その後、スタジアムに戻り、その天然水で割った「響き」を試飲するのだが、このウィスキーもここ、白州蒸溜所で生産されているものだ。

その後、スタジアム内にある、この場所でなければ求められない、15年ものモルト原酒などを購入した方が、結構多くいてびっくりしたのだが、なぜならば、ポケットボトル並の小さなもので4000円以上もするものだからだ。

おいしい水と、まろやかな洋酒を十分に堪能し赤ら顔になった参加者は、八ヶ岳チーズ工房に向かった。
八ヶ岳チーズ工房は、小淵沢インターチェンジの近くにあり、ここで昼食を採りながら、ちょっとした買い物も行った。

近くの小淵沢や八ヶ岳周辺の名産品が豊富にそろうお店であり、八ヶ岳チーズ工房で焼いたオリジナルチーズケーキが一番の人気だし、他にクリームチーズも土産として好評で、チーズ類の種類も豊富だった。
時間も昼を回り、今回の研修旅行最後の見学地である「風林火山館」に向かう。

風林火山館は、北杜市(ほくとし)に所在し、武田信玄公の居城である躑躅ヶ崎館を忠実に再現し、NHK大河ドラマで放映中の「風林火山」のロケのために使用されている施設だ。

ロケの無い時に一般公開され、その忠実な館は本物と見まがうほど・・・と言いたいが、本物は残念ながら、現在は昨日見学した武田神社であり、躑躅ヶ崎館はその面影も今は無いが、諸般の資料を基に、かなり正確に建てられているという。

ただし、細かくみると、当時は使われていない釘が随所にあり、ロケのために建てられたということが伺える。
なお、ここは元々牧草地であり、いずれは現状復帰が契約となっているため、取り壊して牧草地に戻すことになっているのだという。

立派な施設なのだから、観光名物の一つにすればいいと思うが、テレビ放映が終われば、施設の人気も直ぐに陰りが出て、採算が見込めないだろうという関係者の話も、何となく解るような気がする。 
私たち日本人の飽きっぽさを、かいま見た気がしてならない。

今回の旅行の予定も全てこなし、会員を乗せた大型バスは、一路都内に向けて帰路についた。
二日間ともとてもよい天気に恵まれ、ほうとうなどのおいしい郷土料理、チーズケーキなどの銘菓も堪能し、新鮮な湧水で仕込まれた、芳醇なお酒も嗜み、十分に満足されたことだろうと思う。

帰路についた車内は、バスが動き出すと同時に静かになり、一部騒音?をまき散らしながら、安眠の世界に入っていったのでした。

越後の長尾景虎こと、上杉謙信と、武田信玄公は川中島に於いて5回の合戦を行っている。
史実を細かく調べていくと、小競り合いを含め8回ほどと言う情報もある。

第4回目が一番有名なまた、大きな戦いであり、川中島合戦というとここを指すことが多い。
映画にもあるような、謙信が単身武田本陣に突入し、着座したままの信玄公に二刀浴びせたというのは、実際は創作である。

今川家が衰退するのを機に、駿河に進行しようやく海を手に入れた武田だったが、その数年後、京への上洛途中病死している。

信玄公が亡くなった訃報は、信玄公遺言により、3年間秘にされるはずだったが、間髪を入れず織田信長が甲斐進行に動き、時代の流れは大きく動いていく。

甲州山梨も信州長野も、今ではそれらの歴史は、史実と資物や施設でしか垣間見えないが、国の平和を案じ、そのために戦った戦国武将の一人、武田信玄のゆかりの地をもとめた旅が終わった。

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2007/09/16

信玄公ゆかりの地を求めて(前半)

暑い。
今年の夏はとにかく暑い。
そこにきて、添乗員の横幅が大変にふくよかで、その存在だけでも、背中を流れる汗の本数が増えるような気がするほどだ(相手が女性なので大きな声を出せないが・・・)。

近年に及ぶ気候変動、地球温暖化と称するこれらの現象に翻弄され、過去にない不快な記録更新が続く。
40度を超える地域と日数が大幅に増し、いよいよ米国元副大統領のゴア氏が「不都合な真実」で語るような、数年後には40度を超える日々が年間で10日を超え、更には20日以上に及ぶだろうという予測が、身近に差し迫ってくるような気になる。

今日は曇天で多少は涼しいと言う予報があがっていたが、気温ではなく湿度が相当高く、風が吹こうが木陰に入ろうが、シャツを濡らす汗の量に、際限がない状態だった。
東京駅八重洲南口近くにあるバスターミナルから、参加者は大型バスに飲み込まれ、一路信州諏訪方面に向かった。

第一日目の行程は、信州野沢菜センターにて昼食を摂り、諏訪大社上宮(本宮)を参拝し、信州味噌工場と酒造工場を見学、武田神社に寄ってから、石和温泉・の旅館に投宿する事になっている。

本来は、諏訪湖畔に宿泊する予定だったのだが、諏訪湖の夏祭りなどの行事と重なり、希望する旅館が手配できず、石和温泉に決まったのだが、ここ石和温泉は昔ほど男性天国ではなくなったと聞いている。
しかし、宴会に現れたコンパニオンは、チーフが最高齢と言っているが、それでも25歳。
この界隈のコンパニオンは、35歳以上は居ないらしく、そのような観点からも石和温泉の威厳?は残っているのではないだろうか。

信州長野と言えば、野沢菜とそば、わさび漬けなどが有名だが、武田信玄公に統治されていた事もあり、信州長野でありながら、甲州山梨の名産である「ほうとう」を堪能できるお店は随所に点在する。
ほうとうは武田信玄が発案した陣中食と言われているが、起源としては更に古くからの土着食だったらしい。 
現在のような味噌風仕立てや、平麺になったのは徳川の時代になってからと言う。

諸説では、名古屋の「きしめん」は、ほうとうから来ているという説もあるが、定かではない。
また、平麺だけでなく、「すいとん」のように、団子風にすることも多く、本来はこちらの方が本流とも聞く。

信州野沢菜センターで、昼食にこのほうとうを戴いたのだが、白味噌仕立てのこのほうとうは、カボチャなどのおかげでほんのり甘く、大変においしく、野沢菜の軽い塩味と相まって、素朴な信州を堪能できた。
         
武田信玄公は、暴君であった父、信虎を今川家に追放し、19歳の若さで甲州の長となり、53歳で没するまで、常に戦いの日々を繰り返していた。

現在、NHKにて放映されている「風林火山」の主役である山本勘助は、信玄公の軍士として描かれているが、各歴史書には山本勘助の記録や記述などが見あたらず、唯一甲斐の国の記録書、「甲陽軍艦」に様々な活躍が記載されているのみである。

そのようなことから、山本勘助は歴史上架空の人物とされ、近年までそれらが定説となっていたが、1969年発見された、市川文書(いちかわもんじょ)[1557年信玄公が市河藤若に宛てた書状]「山本菅助口上」に記載されている人物(漢字は違っているが当時は当て字を用いることはよくあることだったらしい)と同一人であることが確認されている。
また、市川文書は近年、真贋鑑定が行われその結果、公式に本物と判定されている。
         
信州野沢菜センターを後にし、ほど遠くなく諏訪大社上宮に到着した。
全国に点在する諏訪神社の総本山であり、諏訪湖を中心として、4カ所ある大社の本家でもある。
7年に一度、御柱祭りという、神山より切り出された樅の木を、人力で山中より境内まで運び、神殿の四方に電柱のように立てると言う奇祭りが行われる。

それらを拝見し、本殿を拝観したときに、お守りなどを授けてくださる(購入するとは言わない)巫女の写真を撮っていたら、「撮影禁止です!」と、ピシャッと言われ、ドキ!!
         
信玄公の軍師と言われている山本勘助が、こよなく心を痛めていたのが、諏訪家の当主諏訪頼重の娘であり、信玄公の側室となった諏訪御寮人(戦国時代の姫に関する正確な名前などの記録が残るっていることは、非常に珍しく、この姫もご多分に漏れず、同様に本名が解らないが、諏訪御寮人と呼ばれていたという記録は残っている)であるという。

信玄公亡き後、諏訪御寮人との間に生まれた勝頼が跡目を継いだが、織田信長軍に大敗し、武田家は滅亡する。
 武田家の天下統一を願い、一心に働いた山本勘助が推し進めた世継ぎの勝頼による、軍略ミスが引き金となり、武田家が滅亡への道を歩む。
山本勘助は、それよりも相当以前、川中島の合戦で既に死去し、その目で悲惨な状態を知ることなどないのだが、それはそれで幸せと言えるのかもしれない。
         
多くの歴史を育む、諏訪湖も今は静かにその湖面を照らしていた。
参加者を乗せた大型観光バスはその後信州味噌工場に向かう。

白味噌と赤味噌、それらをミックスした合わせ味噌の口上を聞き、味噌工場の中に何故か「貧乏神神社」というものがあって、それらのご利益ではなく、マイナー部分を吸い取ってくれるという、由緒正しい説教も聞いた。

お味噌汁の試飲もしてみたが、今一おいしさは伝わってこなかった。
由緒正しい?参加者面々が貧乏神神社で思わずこけそうになったが、それを救ってくれたのが、酒造工場見学だった。

ダイヤ菊酒造での説明で、甘口辛口の定義が糖度ではなく、つまり味覚ではなく水より重いか軽いかと言う、比重なのだと聞き、納得が出来た。
甘口なのに辛みがあったり、その逆も多く不思議に思っていたのだが、水よりも重い方が甘口であり、軽い方が辛口になるのだそうだ。

試飲後、参加者メンバーが買い物で一番にぎわったのがこの酒造工場ではなかったろうか。
私も、もちろん一本購入させてもらったが、家族からは日本酒カステラが、特に好評だった。

予定では、ここを終えた後に旅館に向かうはずだったが、多少進行が早いので、明日の行程の一部を本日行うことになったが、向かうは「武田神社」。

人は石垣、人は城・・・と言う歌で有名な、武田家の居城であった躑躅ケ崎(つつじがさき)館跡地に、武田神社が建立されている。
甲府駅から続く、メインストリートの延長線上に位置する武田神社の途中に、山梨大学などがあり、地名も武田町となっている。

信玄公は、師でもあり育ての親でもある、武田家重鎮・板垣信方の志を受け継ぎ、生涯城を持たず、躑躅ヶ崎館に居城としたという。
しかしながら、先の話ではないが、織田信長軍に攻め入られる可能性が高くなった時、籠城する本拠がないため、ここを放棄せざる終えなくなったのは、何とも皮肉なことだろう。

今は、閑静な神社であるが、当時を忍ぶことの出来る、多くの名残が随所に見受けられるのも、ここ武田神社である。
お堀の中に優雅に泳ぐ、しっかり成長している、鯉などの姿はまさに現在の平和日本を象徴しているようで、戦国時代などは既に存在しない伝説のよう。
          
武田神社を後にし、予定通り、夕方5時過ぎに石和温泉旅館に着いた一行は、宴会までの時間を、各部屋でゆっくり過ごされた様子。

前半終了

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2007/09/15

MP3プレーヤー

WindowsVistaを搭載するラップトップを持っている息子は、iPodnanoが壊れ、それを放棄した話は以前したと思うが、その後、我が家で唯一のWinXPを搭載する家内のPCで、ケンウッド製MP3プレーヤーを使って音楽管理を行っている。

ケンウッド製のその製品は、WinVista用のドライバーがサポートされず、実際使用できなかった。

結果的に家内のPCを頼らざる終えず、若い者特有の見栄から素直に家内にPCを貸してと言えず、なんだかんだと見え見えの理由とご託を並べて、さりげに使っている。

同じ男として、何となく可哀想に思えてきた。

二年間の延長保証手続きをしているiPodなので、有償でも修理に出して帰ってきた後は、私が使おうと思っていたが、そんな彼の姿を見て、またものをあまり大切にしない傾向のある輩に大切な家内のPCを壊されたのではたまらないと言う理由もあり、帰ってきたばかりのiPodを、息子に渡すことにした。

今度壊れたら、いや壊したらその後がないことは何も言わなくても息子は知っている。
もともと仏頂面の息子は、少しにこっとした程度で、そのまま受け取ったが、その後のラップトップにかじり付いている姿から、喜んでいることが感じられ、ま、よかったなと思っている。

私はiPodシャッフルと、CowonA2という、マルチメディアプレーヤーを所有している。
出張が多い身では、新幹線の行き帰り、ホテルの中などで、好きな映画を見たいものだ。
疲れる列車の旅に音楽はなくてはならない要素だから、この二点は必須アイテムとなっている。

しかし、シャッフルは好きな曲を順番に聴くことはできない。
CowonA2は、ちょっと重い。
そこで、iPodnanoがほしいなと思っていた頃だったから、壊れたそれを直して使用するつもりだったのだ。

ま、息子に譲ったが、その結果、彼が使っていたケンウッドを貰った。
仕事で使っているノートはWinXPであり、会社に持ち込んでいる夏子は、WinXPとWinVistaのデュアルブートで両OSを使っているから、私の場合は結果的にケンウッドを管理できるのだ。

従って、次の出張はこれらが活躍するに違いない。
・・・・・・しかも、一番音がいいのだ。
聞いてみてはっきり違いが解る。
息子は一緒じゃないのなどと言うが、確実に違うのだ(息子はロックばかりだから、違いが出ないのだろう、私はクラシック系だから覿面に解る)

いや~得した気分・・・・としておこう。

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2007/09/14

健康診断

私の会社では、健康診断が一年に一回行われる。
といっても、社会保険指定の病院に行って決められた内容をこなすのだが、どの様なときもバリュームを飲むのはつらい。

血液検査で、ブスッ!!と注射をされるのも嫌だ。
この時ばかりは若い美人の看護婦も鬼に見える。

そして、得られた結果が健康ならばいいが、ここ数年毎回要検査か、要観察。

昨年よりコレストロール値が下がり、この部分が要検査から注意になったのはよかったが、尿酸値が少し上がり、危険水準線ぎりぎりセーフといったところ。

年齢も50歳を超えると、随所にガタが出るようだ。
若かりし気頃の話をしても始まらないが、信州の山々、峠道をランドナー(旅行用自転車)で走り回っていたし、甲斐駒ヶ岳が最高峰だが、多くの山も登った。
野球、ソフトボールも下手くそだったが、思いっきりグラウンドをかけずり回っていた。
現役から遠ざかって久しく、そのとたんに体力が落ち始めた。

不調だった膝なども、今まで鍛えた筋肉が支えてくれていたのだろう、それらが衰えると更にスピードアップして、ちょっとした階段も息が荒くなる。

歳を取りたいわけではないが、止めたいわけでもない。
年齢相応に人生を積み重ねた渋さがさりげなく出るような人間になりたいと思っているが、何をおいても健康があってのこと。

よく、健康診断だから一週間前くらいから食事制限、飲酒制限する輩がいる。
健康診断の結果がそれらの努力でよくなっても決して好ましいものではないと思うがいかがなものだろう。
夏の海のためにダイエットに励む女性でもあるまい、真摯に普段の生活の結果を受け止め、正確な数値を基に生活改善の指針とすればよろしい。

さて、確実に今より多くの運動を心がけないと、と反省をしているのだった。

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2007/09/12

画像など

iMacに画像データやら、音楽データなどをセッセとコピーを行って、ようやくほぼ移行できたと思う。

画像だけで、なんと58Gbもあった。
15000枚ほどの量だった。

音楽データは5.2Gbほど。
Windowsと違い、曲数をどこで確認すればいいのか解らないので、収録数は不明。

ムービーデータは、9タイトルのみ持ってきたが、約7Gb。
全て持ってきたら100Gbは超えるだろう。

MacOS入れて、83Gbほどを消費している。

しかし、長年横着し、セッセと整理しないで溜め込むとこうなるよい例だと思う。

はぁ・・・・・


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2007/09/11

ブートキャンプ

iMacのHDDは、デフォルトの350Gbから500GbにBTOしたのだが、これはインテルマックということもあり、当初よりWinVistaを動かす予定でいたために増容量してもらったのだ。

500Gbと言っても、実際表示されるのは460Gbほど。
WinVista用に120Gbを割当て、パーティションを切る。

ブートキャンプVer1.4をインストールし、表示説明の順番通りに設定していくと、DriverCDの制作を経て、WinVistaのインストールDVDを要求する。

後は、Dos/V機と同じ方法で、まったく同じ時間を掛け、インストールが終わり、特別なことは何もない。
マザーボードなどの付属CDを使って、システムドライバーをセットアップするのと同じように途中制作したDriverCDを使用し、システムアップする。

パーティションを32Gbに切って、FAT32でフォーマットすれば、Mac側からもHDDの中身が見えて、ファイル操作できるはずなのだが、WinVistaはNTFSフォーマットしか選べない。

MacとWindowsのドライブを、どちらも自由に操作できるようにするソフトもあるが、取りあえずはそこまで必要がないので、バックアップ用の外付けHDDのパーティションを二つに割って、一つをFAT32でフォーマットし、両OS共通ドライブにした。

私は元々、Windows使いだから、Windows用ソフトを揃えているため、一気にMacに移行するのが難しい。
だから、地道にソフトが揃うまでの間、Windowsは切っても切れないのだ。

そのために、Windowsで作成した元データを、windowsで完成させたり、Macで仕上げたりするために、共有フォルダ的な互換HDDが必要なのだ。

また、お気に入りのゲームは残念ながらMacには無い。
それらのためにもWindowsとは、当面さよならは無理だろう。

どちらにせよ、両OSのいい所取りで十分楽しもうと思っている。

取りあえず、ブートキャンプの初体験の報告でした。

・・・・・・・そう、ブートキャンプの注意書きで、WinVistaアップグレードDVDで、インストールできないという注意書きがあるが、所謂裏技は健在だった。
つまり、WinVistaアップグレードDVDのみでOKだ。


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2007/09/07

実現するためのセオリー

その日、目覚めると同時に会社に飛んでいった。
工場のシャッターを開け、目指す材料を引っ張り出し、即効性で試作を行った。

夢を見たのである。
夢の中ではうまくできたのだが、現実にはそうはいかなかった。

しかし、もう一度考えを90度ほど傾かせ、目の前にある材料ではなく材料に類似する事務用品を活用してみた。

昨日、特許出願した製品の発明秘話である。


製品の開発というのは、また発明というものは、よく閃くと言う言葉で全てを集約しているが、実際閃くというのはどういう事かを改めて考えてみたい。

何もないところから新しいものを見いだす上で、果たして何もないと言えるのか。
例えば、今回たまたま夢を見た事柄を具現化することで特許に結びついたと単純に言えることなのかと、ひねくれた考えをそこの持ってくる。

否、決してそうではないと言うことに気がつくのである。
その発明は、以前からそういったものがあるといいなと、常にそれらに結びつくアイディアに対しアンテナを張っていた結果ではないかと思っている。

お金があるところにはお金が寄っていく、幸せな人は更に幸せになるが、運のない人は更に落ち込んでいくとも言われるし、言い方を変えれば類は友を呼ぶごとく、同じ形のものが同じ箇所に寄り添うのは、物理的な要素がそこのあるからに他ならない。

お金がある程度積み上がると、それらをどの様に活用しようかと常日頃からそれらの情報に目を光らせることになる。
従って、何も考えていない場合は目の前のチャンスを常に逃している以前にチャンスがあることすら想像もしない。

自分が不幸だと思っている連中は、不幸を共有するために似た連中とそのことばかりを語り合い更に不幸を慢性化させていく。
従って、幸せと言う意味を忘れ、また幸せをおそれ、遠ざかって行く内に立ち直る切っ掛けやチャンスを逃す。
本気に不幸から脱出したいのならば、幸せな方向に常にアンテナを張っておかなければ決して幸せに巡り会うことはない。

発明と、幸不幸とは全く次元の異なるものだが、本質的なものは一緒だ。
常にそれを身近にたぐり寄せる術を心得ておけばよい。
そしてその術とは、あなた自身の心の中にあるのだ。

見つけられるかな・・・?

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2007/09/06

iPod nano4G

ロンドンから短期留学で帰ってきた息子に持たせていたiPodが起動しなくなったという。

ロンドンは200V世界なので、日本製の家電製品は基本的に変圧器でコンバートし、100Vに直して使用する。
現在のロンドンは決して先進国的に公共関連が機能していない場合が多いようだ。

地下鉄や下水道も時折故障する。
電気もご多分に漏れず、停電する。

それらが原因かはわからないが、iPodを変圧器に接続し充電している時に停電し、復旧後にはiPodは起動しなくなったと言う。

海外だから、保証の対象外だが、ものは試しとアップルサポートで修理依頼を実行したが、ものの見事に保証対象にならない使用によって故障したため有償修理になるという連絡が入った。

二年間保証延長(アップルケア)の手続きをしているのももったいないし、新品は修理見積額の倍はする。
従って、有償修理の手続きを行った。

そして・・・・・・・・・翌日に新型iPodの発表があった。

有償修理代12800円なり。

新型は同じ4Gbが17800円。
しかも動画対応。
連続再生時間も長い。

世の中とはこのようなものなのだ。
なお、唯一気持ちを楽にしてくれるのは、新型の形だった。
今の方が好き。

だから、12800円払った方が正解だったと思っている。

あ、そうだ、なぜ好きとか嫌いというのは、故障したiPod、修理代金が勿体ないから要らないと息子が投げたのだ。
ポンドが残っているから、それで払えばいいものを、自分のお金は使いたくないらしい。

従って、私のものになったのだ。
実は、近日中に購入するつもりでいたのだが、結果的にラッキーだった。

それも世の中というものなのだ。

PS・・・・息子は以前使用していたケンウッドのMP3プレーヤーを出してきて、現在使用している。
ところが、専用ソフトがWinXP用でWinVistaに対応していない。
彼のPCは、ロンドンに出発する時に購入したWinVista搭載ラップトップ。

我が家の家族用デスクトップもWinVista。
私はMac。

唯一家内のキューブがWinXP(WinVistaにアップするとフリーズ連発のためWinXPに戻したのだ)
従って、現在彼は曲の入れ変えの度に家内に断わって操作をしている。

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2007/09/05

iMacとUSB

iMacが、3日前に我が家にやってきた。
あまり時間がないので、今日ようやくセットアップを完了した。

といっても、オフィス2004とアドビスイートCSをセットし、プリンターとスキャナーを使えるようにしたくらいだが。
事務所のWindowsから、音楽ファイルと、画像ファイルを引っ越させた。

マクスターの外付けHDDは、在庫がないということでメーカーから直送してもらう手続きは終えた。
USBポートが3個(キーボードで一個使う:マウスは無線に変更したのでUSBポートは使用しない)しかないのでUSBハブを増設した。
プリンターとスキャナーとUSBメモリーを接続し、ハブのポートは一個残す。
外付けHDDは、ファイアーワイヤー800接続するので、本体のUSBポートが一個残る。
キーボードもハブになっているので、ポートが二個残る。

USBは結果、4ポート空かしている。
ここに別のUSBメモリーで一個使用し、タブレットを繋げ更に一個使用する。
近い将来、ワンセグも常時接続する。

というように、USB接続がポピュラーになって久しい。
ホットプラグ対応なので、数が少なければ交代に抜き差しして使用すればいいが、Windowsでは、内蔵増設が当たり前で、横着な私はいくらでも接続したままで使っていた。

iMacは、増設できないからハブを使うようになり、折角本体の電源コード一本で済んでいるのに、配線が増える。
ま、接続機器が増えれば、仕方のないことなのだが。

iMacはさすがにインテルCPUだけあって快適な動きを見せてくれる。
メモリーも2Gbだから画像も瞬時に開いてくれる。

本体の動作音はほぼしない。

深夜は、マウスを動かす擦れ音の方が大きいほどだ(クリック音ではない)。

取りあえず、しばらく使ってみて、改めて使用感を報告しよう。


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2007/09/01

iMac発送される

数日前に遂にオーダーをかけた。

そしてようやく、来週お届けとアップルストアから、連絡メールが届いた。

標準に対しメモリーを2Gbに増設し、HDDを500Gbにアップグレードした。
マウスのみワイヤレスにしたが、キーボードのワイヤレスはテンキーがないタイプだったので今回は流した。

いずれにせよ、もう心はあっちに行ってしまうくらい楽しみだ。


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