信玄公ゆかりの地を求めて(後半)
二日目の朝は快晴、本日の予定は、真っ先にサントリー天然水白州工場見学、八ヶ岳チーズケーキ工房にて昼食、風林火山館見学となっている。
サントリー天然水白州工場は、日本で第8番目の高峰であり、2967mの標高がある、甲斐駒ヶ岳の麓に位置し、潤沢な自然な水を利用して、「南アルプスの水」と、「響」などの高級ウィスキーを生産している。
雨や雪により、山頂にてしみ込んだ水は約10年から20年の時間、山の主要成分である、花崗岩から出来ている細かな粒状部分を移動し、ふくよかなミネラル分を含み、軟水として沸き出す。
それらの水をふんだんに使用したウィスキーのまろやかさは、至高の極みと言える。
水は軟水と硬水とがあり、ミネラル成分の含有量が多ければ硬水系であり、少なければ軟水系になるが、ウィスキーの水割りを試飲した結果において、私の好みは軟水系だった。
日本風土では軟水系が多く、それらになれた生活を営んでいるため、硬水系のきりっとした口当たりが、妙に痛い感じがするのかもしれない。
大型バスを降りた参加者は、遠くに広がる八ヶ岳の見える降車場から続く、涼しい緑のトンネルを数分歩き、白州工場スタジアムにたどり着く。
そこから、場内バスに乗って天然水白州工場に移動し、ペットボトルにおいしい水を詰め込む作業工程を見学する。
その後、スタジアムに戻り、その天然水で割った「響き」を試飲するのだが、このウィスキーもここ、白州蒸溜所で生産されているものだ。
その後、スタジアム内にある、この場所でなければ求められない、15年ものモルト原酒などを購入した方が、結構多くいてびっくりしたのだが、なぜならば、ポケットボトル並の小さなもので4000円以上もするものだからだ。
おいしい水と、まろやかな洋酒を十分に堪能し赤ら顔になった参加者は、八ヶ岳チーズ工房に向かった。
八ヶ岳チーズ工房は、小淵沢インターチェンジの近くにあり、ここで昼食を採りながら、ちょっとした買い物も行った。
近くの小淵沢や八ヶ岳周辺の名産品が豊富にそろうお店であり、八ヶ岳チーズ工房で焼いたオリジナルチーズケーキが一番の人気だし、他にクリームチーズも土産として好評で、チーズ類の種類も豊富だった。
時間も昼を回り、今回の研修旅行最後の見学地である「風林火山館」に向かう。
風林火山館は、北杜市(ほくとし)に所在し、武田信玄公の居城である躑躅ヶ崎館を忠実に再現し、NHK大河ドラマで放映中の「風林火山」のロケのために使用されている施設だ。
ロケの無い時に一般公開され、その忠実な館は本物と見まがうほど・・・と言いたいが、本物は残念ながら、現在は昨日見学した武田神社であり、躑躅ヶ崎館はその面影も今は無いが、諸般の資料を基に、かなり正確に建てられているという。
ただし、細かくみると、当時は使われていない釘が随所にあり、ロケのために建てられたということが伺える。
なお、ここは元々牧草地であり、いずれは現状復帰が契約となっているため、取り壊して牧草地に戻すことになっているのだという。
立派な施設なのだから、観光名物の一つにすればいいと思うが、テレビ放映が終われば、施設の人気も直ぐに陰りが出て、採算が見込めないだろうという関係者の話も、何となく解るような気がする。
私たち日本人の飽きっぽさを、かいま見た気がしてならない。
今回の旅行の予定も全てこなし、会員を乗せた大型バスは、一路都内に向けて帰路についた。
二日間ともとてもよい天気に恵まれ、ほうとうなどのおいしい郷土料理、チーズケーキなどの銘菓も堪能し、新鮮な湧水で仕込まれた、芳醇なお酒も嗜み、十分に満足されたことだろうと思う。
帰路についた車内は、バスが動き出すと同時に静かになり、一部騒音?をまき散らしながら、安眠の世界に入っていったのでした。
越後の長尾景虎こと、上杉謙信と、武田信玄公は川中島に於いて5回の合戦を行っている。
史実を細かく調べていくと、小競り合いを含め8回ほどと言う情報もある。
第4回目が一番有名なまた、大きな戦いであり、川中島合戦というとここを指すことが多い。
映画にもあるような、謙信が単身武田本陣に突入し、着座したままの信玄公に二刀浴びせたというのは、実際は創作である。
今川家が衰退するのを機に、駿河に進行しようやく海を手に入れた武田だったが、その数年後、京への上洛途中病死している。
信玄公が亡くなった訃報は、信玄公遺言により、3年間秘にされるはずだったが、間髪を入れず織田信長が甲斐進行に動き、時代の流れは大きく動いていく。
甲州山梨も信州長野も、今ではそれらの歴史は、史実と資物や施設でしか垣間見えないが、国の平和を案じ、そのために戦った戦国武将の一人、武田信玄のゆかりの地をもとめた旅が終わった。
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