2011/05/12

長野出張

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震災の影響もあり、事務所にこもることが多かった昨今だったが、先週から外出することが増えた。
今週と来週は、ほとんど事務所にはいない。

今日と明日はインサイトを利用して長野市内と松本市内の一泊出張だ。
台風が近付いているということだが、午前中の長野市内は爽やかな晴天となっている。

早朝家を出て、早々と長野市内に到着し、ユーザーに顔を出す前の時間をスターバックスで過ごす。
最近、スタバでオーダーするのは「ホワイトモカ(ホット)」が多い。
もちろん今回も同じものを頼んだ。

疲れているときのこのほんのり甘い味は、相当脳を刺激する。
不思議とアイディアが浮かぶときはこのコーヒーを飲んでいる事が多い。

さて、長野市内にあるこのスターバックスの店内には古い建物ででた梁と思う材木を薄く板状にして、それを等間隔で並べて天井から吊るすというインテリアになっている。

長野県らしいイメージに何となくなごむ。

途中、横川パーキングエリアに立ち寄ったとき、朝もや・・・・霧の中に、キャンプの時によく嗅いでいる森林浴のような香りに、まるでテントサイトにいる気分になり、なんとなく気分が緩んで、これから仕事だ!と言うのについつい我を忘れそうになってしまった。

さて、おいしいコーヒーも飲み干しそうだ。
出かけるか!!

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2011/03/29

プロジェクト「エックス」

私の会社は、小さいながられっきとしたメーカーである。
業界の中で、その製品を見た場合、日本国内の60%以上のシェアを有するものが何点もある。
従って、供給責任の度合いは大きく、リスクマネジメントに対する概念も比較的高い位置にある。

今回、震災が金曜日にあった。
そして、月曜日には各製品の材料・・・所謂風下産業の状態の確認を指示している。

そして、早い段階で、製品の中の一部が福島原子力発電所からそう遠くない場所で製造していることが判明している。
当初、製造工場と設備、従業員(後日数名が津波にさらわれていることが判明)は無事であるという連絡だった。
だが、原子力発電所が爆発事故を発生させてから、事態は急変し、放射性物質の拡散に伴い、工場従業員も30km圏外へと避難していった。

製品の材料は、私の会社の工場に一ヶ月分、製造会社の倉庫に一ヶ月分、総計2か月分があった。
震災と津波災害による物流ラインの停止を考慮して、製品の出荷制限を行えば、なんとかなるだろうかと考えていたが、原発事故ではそれらの甘い考えは吹っ飛んでしまった。
現時点の読みでは夏シーズン過ぎても、立ち入り禁止は狭まることはなく、むしろ広がるのではとも思っている。

その製品の材料と同等の性能を有するものは、国内で複数社存在していたが、ここ近年生産を中止している。
代替え材料を数少ない会社に求めても、私たちが要求する数量まで用意できないということが判明。
今からでは増産も間に合わない。

西日本にある、中規模のメーカーは競合会社と提携している。

・・・・・・・・・・ここからが行動が早かった。

一時は業界を二分する、ライバルメーカーに出かけた。
「材料を分けてもらいたい」

今回の震災で、協力工場が被害を受け、製造できなくなった分の肩代わりに、私の会社の協力工場を開放し、自由に使用する許可を複数社に出した。
その会社の中に、そのライバル会社も含まれている。

材料メーカーの撤退と法令の関係で、認定を取得した製品が制作できなくなり、私の会社のライセンスを開放し、材料も安価に提供して製造許可と販売許可を出したこともある。

だが、それらはいずれも規模の小さいものである。

今回の問題は、それらとは比べものにならないほどに大きな問題である。
簡単に「いいですよ」と言えるものではない。

場合によっては、同一材料で競合が発生する危険もはらむ。

・・・・・・・・・ここは駆け引きか・・・・・と思っていた。

だが、次に出てきた言葉は・・・「協力しましょう」・・・一言返事だった。

「あなたは忘れてしまったかもしれないが、その昔私はあなたに助けられたことがある」

・・・・・思い出した。
東京ディズニーランドがまだ更地だった頃。

細かい話は飛ばすが、彼がその物件で窮地に追い込まれていた。
ユーザーは、私をターゲットにして話を投げかけてきたが、その時彼の重要な立場を直感的に察し、私は彼のサポートに回ったことがある。

結構大きな仕事を振ってしまったことになるが、相手の弱みにつけこんでまで、私は推し進める気になれなかった。
営業としては失格である。

多分、そのようなことから忘れてしまったのだろう、言われて思い出した。
だが、彼は忘れていなかったのだ。

そして、今回その彼が私の会社の窮地を救ってくれた。

・・・・・私は再び昔のことは忘れると思う。

でも、今回のことはきっと一生忘れない。
必ず、どこかでこの恩を返したい。

そして・・・・心から、お礼を言いたい。


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2011/03/10

お疲れ様

東京ビッグサイトで、建材関係の展示会があった。
3ブロックをそのまま一つの会場にしているため、全てを見学するのに2時間ほど掛かった。

一通り歩き回り、いくつかの収穫があったが、それらをチェックするため事務所に戻る前に近くの喫茶店に潜り込んだ。

目の前に寝込んでいる男女のカップル。


一応、プライバシーがあるので、画像は加工を施してあるが、私とてどこで写真を撮られているか分かったものではないので、気をつけないと・・・・と言ってもねぇ。

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2011/02/14

特許

2005年に出願した特許申請が、足かけ7年経ちついに特許査定になった。
特許登録料を3年分支払えば、特許台帳に記載され、特許番号が交付される。
そう、実質的な特許取得である。

この特許は、完成品に対する類似防止のみならず、製造プロセスも含めての複合特許で、実際類似品あるという理由による拒絶通知書を二回も特許庁から突きつけられたものだ。

だが、その理由はどう見ても納得の出来るものではなく、反論、つまり不服申請を出し続けた。
特許事務所側からも、今回は特許が降りるのは難しいので、ある部分潔く・・・という取り下げを示唆する意見もいただいた。
社長からも、かかった費用は良いから無理ならば・・・という悲痛な話もいただいた。

だが、私の直感に揺るぎは無い。
似て異なる製品と、製造をまねされることのリスクは計り知れないものがある。

しかし、正直、途中何度か投げだそうとしたのも事実だが、そのときに目標一途に大学受験のためがんばっている娘の小さな後ろ姿を思い浮かべた。

そう、今回の特許取得は「あきらめない!!」という強い信念を、改めて私に思い起こさせてくれた娘がいたからこそ完遂できた偉業と思っている。

今日は心の底から娘に感謝したい。

ありがとう。

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2011/01/19

北新地

昨年、手術をした取引先の社長。
大阪に出かけると、何回かのうちたまには飲みに出かけていたのだが、病み上がりではとしばらく遠慮していた。

予定より早く金沢から大阪に入ることが出来たので、そのままその取引先に行って、早々と商談をまとめた。
ホテルに向かう途中、何度か入った映画館が、昨年暮れに閉館していることを知った。

本当は時間つぶしに映画でも観ようと思ったが、それでくじけて、先ほどの社長に電話を入れた。
手術後だと思うから、軽く食事でもしないか・・・・
ホテルに荷物を置いたら、手間だけれどまた事務所に来てくれないか・・・・

Uターンして、事務所に入ったとたん・・行こうか・・

近くのお店にでも行くのかなと思いきや、通りに出てすかさずタクシーを止めて・・・北新地に向かって・・・

病み上がりと思っていたが、本人はそんなのは関係ないらしい。
行きつけの寿司屋にひさしぶりに顔を出し、寿司を頼まずお作りと揚げ物で軽くアルコールを入れる。

仕事の話は、一分もしない。
それは事務所で十分に行ったからだ。

今回は、彼の家族の問題が話題になった。
と言うよりも、私は延々と愚痴を聞かされたのだが。

長女の婿さんが市会議員に立候補する準備に入っているという。
大阪府内の片隅の市だが、地元では旧家らしく、有力者の家がらと言うことらしい。

彼の会社は、数人の中小企業ゆえ、身分が合わず、かかる経費(お付き合いをするうえで)が相当に上り、大変苦慮しているなどなど・・・・

耐えながら聞き続け、心根をはき出して満足となったと見極めた上で話を終え、店を出た。

本当はここで帰りたかったのだが、彼が最初から北新地にタクシーを向けた意味はこれからにある。

あら、久しぶりじゃない・・・・そう2年ぶりくらいだろうか、ママに逢うのは。

男二人に、女性が6人。
ブラジルのハーフが二人に、韓国のハーフが二人。
他の二人は分からない。
そんなに相手が出来ないので、結局・・乾~杯の時だけ、一言二言会話でお仕舞い。

ママは私がワインが好きなのを覚えてくれていて、早速持ってきてくれた。
でも・・・・・何だ「赤」じゃないか・・・白が好きなのにと思いながらも、顔は笑ってママにお礼を言いながら、はたまた乾杯。

そのお店の女の子を三人連れて、違うお店に三次会目。
そのお店で女の子はホステスの続き・・・よく分からないがまいいか。

ブラジルの女の子たちと陽気にサンバを踊って、相当飲んで、ホテルに引き上げたのは既に朝の3時になっていた。
今日(既に翌日だものね)は7時に起きて、8時過ぎの新幹線に乗って名古屋に向かわなければならない。

ちと、はしゃぎすぎたか・・・・


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2011/01/07

仕事始めの一週間

5日まで冬休みだったが、その日の夕方は我が社の新年会。
2時間飲み放題の会なのに4時間ほど飲み続けていた。
そう、延長したのだ。

新年会は毎年、営業所の近くにある和風レストランで昼に行っていた。
しかし、一次会で終わることがないため、夕方まで飲み続けることが多く、翌日の仕事始めに影響が出ると言うことから、駅近くの夕方からしか開かない普通の居酒屋で行って、一次会でお開きにすると言う対策を社長命令でとったはず・・・・

しかし、やはり宴会大好き人間の集団である我が社の社員は、会長が抜けたとたんに延長に入った。
もちろん、飲み放題時間は終わっている。

ビールで始まり、持ち込んだ芋焼酎(飲み放題だから許可をいただいているよ)、サワーと進んで、最後は日本酒とチャンポンもいいところ。

その日本酒をしこたま飲んだ。
家に帰ってきたのは覚えている。
その日の午後から、湯島天神に出かけ、願掛けをしてきた報告を家内と娘にすることと、お札などを渡す儀式があったからだ。

だが、お風呂に入った後が思い出せない。
朝は、頭がどんよりと重いし・・・・・・・昼頃まで絶不調。

私以外に何人も・・・これでは、昼から新年会をするのと変わらないじゃない・・・。
でも、日本酒をぐいぐい飲ませたのは、我が社の社長だ。

ま、事故もなく仕事が始まった訳で、二日間挨拶回りすれば、また3日連休。
本格的な仕事は来週からだから、こんな感じで残り12ヶ月(宴会のはじめの言葉・・今年も残すところ12ヶ月しかありませんが・・・)参りますか・・・。

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2010/12/21

波紋

久しぶりに業界の中でも古い彼と忘年会と称し、上野アメ横の片隅にある焼き鳥屋で杯を酌み交わした。

彼は、建築業界の一部分ではその素材のシェアも大きい会社のトップを行く営業マンだ。
その彼から、ぽんと出た言葉が「波紋」だった。

ストレートに言えば、私の開発し新しい素材と既に展開している新技術において、それらの情報アクセスが尋常ではないらしい。

私の会社のような小企業では到底出来ないことと、どうやら思われてしまっているらしい。
そのために素材の権威ある、彼の会社に連日のように問い合わせがあるのだという。

しかもその内容が、平常とは異なる緊迫した内容となれば、彼も簡単に受け流すわけにはいかない。
場合に寄ってはそれらの技術と製品がこの業界を大きく変革するかもしれないと想像できるほどのものであればなおさららしい。

しかしながら、開発した私や当の会社はぴんと来ていないというのんきな状態でもある。
実にそのギャップがおもしろおかしくもあったが、反面自分の行っている行為が今後の建築業界に与える影響や諸々を想像すると空恐ろしくもなってくる。

とたんに、口に運んだグラスの重量が倍加した。

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普段、家にいるときはそれなりの格好でのんびり、娘にも粗大ゴミとまでは行かないが、邪険にされているどこでもある姿だが、PTAなどの会合で出かけると、それこそ毅然とした紳士として、生徒たちからの視線も受けていた。

今日、彼と久しぶりに情報を分かち合って・・・・・・・・・・同じじゃないか・・・・・と思えてならない。
自分の行っていることが業界に与える影響を鑑みれば、果たしてこれからどのようにしていこうか・・・・

今年も残り少ない。

ゆっくり考えようか・・・・・・


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2010/12/16

出張時に・・・・

深夜に出発したが、駒沢で夜間工事に引っかかりそこを抜けるのに小一時間狭い車内に閉じこめられた。
途中でドライブスルーで購入したマックカフェがなかったら、相当大きなストレスになったと思う。

その後は順調だが、長距離トラックと高速バスが思うよりもかなり多く走っているということを知ったが、この高速バスの車線変更がかなり強引で、前走車が数回危ないところを見てしまった。

私は、先頭を走るのを好まない。
夜間は、一定速で走るトラックなどや、自分とフィーリングがあった乗用車などの後ろにピタっと付いて走るほうが楽だからだ。
それに、スピード取締りなども気にしながら走らなければならないから、先頭はできるだけ敬遠する。

ということで、前走車というのはそういった車であって、仲間のことではない。

西明石まで約600km。
翌日の7時前には到着したが、途中4回ほどトイレ休憩を行い、そのうち一度は1時間ほど仮眠を行った。

西明石から瀬戸内海を跨ぎ淡路島に渡る。
この橋が明石海峡大橋といい、淡路島で一番最初の出口にはハイウェイオアシスが併設され、その明石海峡大橋をじっくりと展望することが出来る。

私は、スタバラテを飲みながら、スターバックスのカウンターから見学しながら、今このブログを書いている。
もちろん、娘にプレゼントされた愛用のタンブラーである。

今日は、日曜日で移動日兼オフ日でもあるので、とりあえずホテルにチェックインが出来るようになるまで、海を見ながらのんびりをして、後はホテルに入ったら夕方まで寝る!!!
それ以外は今は考えたくない・・・・。
実に優雅な贅沢な一日を過ごさせてもらい、明日の英気にさせてもらおっと。
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と、初日の話。

Eディフェンス・・これは兵庫県三木市にある震災防災公園にある耐震実験などを行う地震研究施設の名称だ。
同等の施設は茨城県つくば市にもあるが、大きさは兵庫県の方が大きいらしい。
今回の耐震実験の目的は、現在主流となっているRC工法と新工法であるPC工法の強度差を確認するためだが、折角建てる施設なので、インフララインの全てをそこに仮設してそれらの耐震度を確認するということになり、我社も参加することになったのだ。

実験日13日から17日まで間を開けて3日間、5回行われるが、昨日の時点で4回終了し、阪神淡路震災をモデルに同等(100%)のプレス向け、一般向け公開実験も行った。

45%実験と100%実験の印象は、その揺れ具合はそれほど変わらないじゃないと撮影時には思ったのだが、ホテルに戻り、DVD化とブルーレイ化作成時に見比べてみて、明らかに揺れの具合が違うことがわかった。
当局がデータを編集し公表するまで、協賛会社では社内的にデータなどを活用することは認められているが社外に持ち出すことは出来ない。
・・・・ま、揺れてるシーンの少しはブログにアップしてもいいかな・・・・!?

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今日は、西明石から大阪に移動し、我社の大阪工場主催の忘年会に参加する。
明日は、朝食もそこそこに再びEディフェンスに戻り、最後の実験に参加。
週末は自宅に戻り、小一時間後には我社本体の忘年会に合流・・・・がんばるぞう!!

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2010/12/11

兵庫出張

本来は、明日の早朝に出発する予定にしていたが、急に気が変わった。

NHKドキュメント「安保50年」シリーズを観ながら、同時に録画もしながら・・・これが終わったら車を出す。

次に家に戻るのは18日だが、その日は会社の忘年会。
日曜日は午前に地デジアンテナの工事があり、午後から会社に・・・・出張の落とし前・・書類の山と格闘だろう。
月曜日、水曜日と忘年会があるが、23日にようやく完全休日になる。

慌ただしい師走そのままだが、久しぶりのブログを見ていただければ、ご想像できましょう。

兵庫出張は、Eディフェンス、つまり耐震実験の参加なのだが、毎日夜まで実験体に潜り込み、ホテルに帰ればビデオや写真の編集が待っている。

たぶん、普段より睡眠時間は短くなるだろう。
そのようなことで次回、このブログのカキコはクリスマス頃になるだろうか。

それでは行ってきまぁす。


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2010/11/26

Eディフェンス・・耐震実験

来月、兵庫にある防災センター・・Eディフェンスにて、大規模な耐震実験が行われる。

私の会社の製品・・私が設計した新しい発想の製品・・が一部使用されているため、私も1週間ほど、その実験設備に潜り込むことになっている。

実験では、神戸淡路震災をモデルに、それと同規模の揺れを発生させ、各部材の耐震性能を計測する。
地上24mほど、RC工法とPC工法で作られた4階建ての建物を、思いっきり起振させるのだが、我が社の製品が果たして予定通りの耐震性があるのか、少し心配・・・・。

今年、NHKで長周期地震の特集が放映されたことがあるが、その中にこの実験場で行われた映像が一部映っていたが、今回も場合によってテレビ放映される可能性もあるらしい。

残念ながら、たとえば私が実験中に撮影した映像などは、会社内にて視聴する分にはいいが、部外に持ち出すことは許可されないようだ。
従って、動画サイトにて多くの方に宣伝できないが、機会があり許可が出されれば、少しでもお見せしたいと思っている。

とにかく、地震は怖い。

他の天災などは、事前に予防をすることが出来る。
台風が来るまで、場合によって避難が可能だ。
雷も事前に予想が出来る。
竜巻も同様、発生の予見は出来る。

しかし、地震はまったく分からない。
長短期的に予想が出来るくらいで、数日単位では分からないので、東海沖や南海沖・・・いずれは・・・と言われても今避難するというわけにはいかない。

明日来るというのなら、さっさと避難できるけれどね。

と言うことで、少しでも被害を押さえるため、このような実験を通し、壊れにくい部材と工法を研究しているのだが、今回この実験に関わることが出来て大変ラッキーだった。

映像がだめでも、言葉はある程度許されるだろうから、実験の結果は改めて報告をしたいと思っている。

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